あの月に向かって打て



泪橋とタキシード

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先日ボクシングに関するコラムを書いた。小松則幸選手のタイトルマッチに関してだ。試合が終わった数日後、一緒に食事をする機会があったことも述べた。その際、あがった話がある。

「お客が入らない」

これだ。どうやってプロモーションを行うか。その成功如何によってジムの収入も変わる。

皆さんは「あしたのジョー」を見た事があるだろうか。ケンカ屋の矢吹丈が、ケン吉こと丹下段平と出会いボクシングに打ち込む話だ。矢吹丈がトレーニングしているのは、泪橋の橋の下にある「丹下拳闘倶楽部」だ。ボクシングでもなければジムでもない、「拳闘倶楽部」なのだ。ただ、映画版やあしたのジョー2になると随分様変わりするが… その雰囲気がまだ強くあるような気がする。もちろん、ボクシングの聖地であるアメリカでも、タイトルマッチ以外ではそんな雰囲気の場所もあるであろう。しかし、タイトルマッチになると、様相は日本のそれとは完全に変わる。

日本では怖そうな人が行くようなイメージだが、アメリカのタイトルマッチではタキシードを着る人も多い。前のコラムでも記述したが、日本ではボクシングを格闘技と捉え、アメリカではエンターテインメントと捉えている事の差が出ているように思う。決して日本のやり方が悪いと言っているわけではない。例えば、かつての日本の競馬場が泪橋であったのが、今は女性が足を運ぶエンターテインメントの場になった。また、かつての球場が泪橋であったのが、デートに使われるなどのエンターテインメントの場になった。ボクシングも変革の時期が来ているのではないか。スーパースターの登場を待つだけではなく、全てを変えていく必要があるのではないか。重ねて言うが、全てをアメリカにならえと言っているわけではない。門構えが変わるだけで、がらっと雰囲気も変わるものだ。ボクシングを観に行ける事が一種のステータスの様に感じさせる何かが欲しい。リングサイドの席はネクタイ着用にして、相撲の幕の内の様にワインなどを提供するとか、リングサイドだけでもいいので、そう言った特権階級的な付加価値をつけるのはどうか。

そのような仕掛けを準備するにはスポンサーを多く集めて資金を得る必要があるのだが、広告が圧倒的に少ない気がする。アメリカでは、チャンプの足の裏に広告をつけた。つまりチャンピオンが倒れた時に広告が見えるのだ。これには驚いた。本来ネガティブなところに着目したのだ。また、選手の背中にペインティングで企業のURLを書いた。この広告を始めた当初は汗ですぐに落ちてしまったが、その後、汗で落ちにくいペイントを開発したのであろう、なかなか落ちなかった。これはものすごく見ている者の注意を引いた。しかし、現在では何故だか見なくなった。理由を知っている人がいれば教えて欲しい。普段どおりのキャンバスに広告、コーナーポストに広告、そしてリングインターバルのラウンドギャルの広告ではありきたりすぎる。もっと意外性のある広告場所をスポンサー企業に提案して、話に乗ってもらう事が重要なのではないか。インターバルの選手がアップになる時などはチャンスだと思うのだが…

日本の伝統である相撲が衰退化している。相撲が好きなようにスポンサー広告を出せないのにはNHKという厄介なもの(NHKによって守られてもいるだろうが)があるからで、ボクシングにそれはない。むしろ、守るものがない分、攻める事ができるはずである。

かつてカシアス=クレイは言った。

「蝶のように舞い、蜂のように刺す」

強いだけではなく、美しさもそろそろ要求されてもいいのではないか。この美しさとは、華やかさに通ずると私は思う。

泪橋とタキシードが共存できるボクシングの世界になったら、なんと素敵なのであろうか。
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by mau46 | 2005-10-09 20:23 | スポーツ
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