晴天の霹靂か、はたまた来るべき日が来たと言うのか。
中田英寿はスパイクを置くことを決意した。
彼の伝えたかったこと。
彼のしたかったこと。
その歯車がうまく噛み合わないジレンマが、彼に「引退」の二文字を思い起こさせたのか。
“客観的に見なければ、自分がどの位置にいるのかわからない。”
それが今回の日本代表に言えた事であろう。
中田は外から日本を見ている。このままでは日本のサッカーは良くならない。
「日本国内にいる選手達は、内側ばかりを見て外を見ていない。」
「現状の自分のレベルに甘んじている。」
そういったメッセージが無かったであろうか。
日本は悲しいかな島国である。
私は運良く海外に行く機会が多く、その考えや文化に影響される事も多い。
しかし、それを日本の中で伝えようとすると必ず変な目で見られる。
基本的にはこうだ。
「アメリカかぶれが」
「ちょっと海外に行ったからって、カッコつけやがって」
これが日本の本質なのである。普段ハンバーガーやコーラを食べているヤツらに言われるのである。
日本という国は朱に交わって赤くならなければならない民族である。
その朱の中で青い存在は疎まれ、打たれ、そして赤に粛清されてしまうのである。
中田は外で厳しさを学んだ。そう、常にハングリーであった。
日本にいれば、確実にスタメンのエースとして扱われていたであろう彼が、
どんなにあがいても超えられない壁にいつもぶつかってきた。
ひょっとすると、日本人ということでサッカー的な偏見も受けたであろう。
ジャパンマネー目当ての中田取得と言うものあったであろう。
そんな中で中田ができることは、“実力でみんなを納得させる”これしかなかったのである。
しかしその中田の積み上げてきたデリケートな積み木を、
他の代表選手はただの中田の美しいサクセスストーリーとしてしか見ていなかったのではないか?
中田は努力の美談を聞かせたいわけでない、おそらくは本当に泥臭い話を教えたかったのであろう。
それは中田が外で孤独の中で、黙々と築き上げた積み木だったのだ。
「中田は外の人、すごい人」
「我々は内の人、中田とは違う人」
そんな目で中田を見ていたのではないか。
日本がブラジルに敗れてしばらく、川渕キャプテンは口を滑らせる。
「オシム・・・」
と。この完全犯罪は誰にも糾弾される事も無いまま闇に葬られてしまうことは間違いない。
中田はそれも見ていたのだろう。
日本サッカーの凄惨たる姿を。
成長をやめてしまっている日本サッカー協会のトップのあの醜態を・・・
中田は常にJリーグを気にして口にしてきた。
ただ単に「お客さんに来てもらいたい」という事を伝えたいわけではなく、
「Jリーグのレベルを上げる」これを意識していたのではないか。
外に出たものだけがわかる本当の実力。
それをいち早く察知した中田が、いつもその鳴らないベルを鳴らし続けていたのではないか。
その意味を理解したJリーガー、サポーターは何人いたのか。
楽しければそれでいい、おもしろければいい。
それでいいのであれば、今回のワールドカップの結果にとやかく言う資格は無い。
Jリーグだけをおとなしく見ておけばよいのだ。
中田は見ているものが違うのだ。
その、鳴らないベルを鳴らし疲れた時、それが今、スパイクを置く日だったのだろう。