あの月に向かって打て



トラッシュトークと赤ワイン

e0090292_1153249.jpgジダンが退場となり騒然としたワールドカップ決勝。
私としてはさほど問題視していない。
なぜ問題になっているのかもわからない。

ただ、ジダンを退場に追いやったイタリアのマテラッツィが上手いだけ。
スポーツをやったことある人はわかると思うが、ゲーム中のトラッシュトークは日常茶飯事である。
トラッシュトークとは、

「トラッシュとはごみ箱のこと。選手がゲーム中に相手に向かって刺激的な言葉をかけ、神経を逆なでにして通常にプレイをできなくする。」

のように一種の駆け引きなのだ。これにジダンはまんまと乗せられた。

世の中が騒いでいるのは、

“その試合がジダンの引退試合だったこと。”
“権威あるワールドカップの決勝戦であったこと。”

それに限るだろう。さらに悪かったのは、今回のワールドカップは試合開始前に『人種差別撤廃』の宣誓をしている。
つまりマテラッツィのトラッシュトークはこれに引っかかったのだ。

よく「スポーツは正々堂々と戦わねばならない」と言っている人がいる。
それはもちろんそうだ。

しかしそれは試合開始前から実力差のある相手を対峙した場合、「早々から諦めろ」もしくは「潔く散れ」と言っているようなもの。
スポーツはそんなキレイ事か?潔い、潔癖なプレーをして勝てるのは、自分が相当な差で勝っている場合だ。

どうやらスポーツを美しい崇高なものと勘違いしている人が多すぎるようだ。そんな人はプロレスを見ておけばよい。

自分より相当な実力差があったり、ワールドカップのような非常に高いレベルで拮抗している場合、少しでも相手に対して有利に立ちたいがために少々荒っぽい事をしてしまうのは当然の事。どんな手を使っても勝たなければならない時があるのだ。ワールドカップは個人のプライドで戦っているわけではない。彼らは国を背負っている。

確かにマテラッツィの発言は人種差別に値する表現、また家族を侮辱する発言だったのであろう。
しかし、それはあくまでもピッチの中での話。ピッチを出ればご破算にしなければいけない。

ジダンは世論を味方につけた。黙っていても周りは彼を悲劇のヒーローにしてくれる。しかし私はそうは思わない。

はっきり言おう。あの試合においてはマテラッツィの戦術にはまったジダンが愚かなのだ。
もしマテラッツィを悪く思う人がいれば考え直して欲しい。

「あなたが実力者と対峙した時、どんな手を使ってでも阻止しようとしませんか?」

ジダンにとっては終わった話。マテラッツィにとっても終わった話。
トラッシュトークは試合後の極上のロマネ・コンティで洗い流されるべきなのだ。

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最後に私のもっとも尊敬するクライフの言葉を紹介する。
彼の言葉がすべてを凝縮してくれている。スポーツマンのバイブルにしてもよいくらいである。


「勝つときは少々汚くてもいい。だが、負けるときは美しく」

「1-0で守り切って勝つより、4-5で攻め切って負ける方が良い」

「いくら技術に優れ、スーパースターでも…、その上には、勝者が、チャンピオンがいる…」
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by mau46 | 2006-07-14 11:10 | スポーツ
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