あの月に向かって打て



シンガポールは振り向かない その5

シンガポールでの目的はほぼ達成していた。今晩は日本に向けて発つ。

その日の朝は晴れ。私はチェックアウトの順儀をしていた。私の旅はいつも軽装で、荷物も軽い。今回の様な安いホテルに泊まる場合には日本から歯ブラシや洗濯用の石鹸などを持っていくが、ほとんどが現地調達で現地で捨ててくる。例えば寝る時などに使う服であるとか、ソックスなどは現地で買った方が安い。そしてそのまま捨ててくる様なイメージである。
もちろん今回の旅も、私の荷物はキャリーバッグだけであるから、動きもとりやすい。

さて、チェックアウトにレセプションへ向かったのだが、そこでちょっとした出来事が。

チェックアウトをしていると、電話料金の請求がきた。私は数回国際電話をかけていたのでその分の支払いをしようとした。財布を見ていたのであまり話を詳しく聞いていなかったのだが、料金は、
「20」
だと言う。私は$20を出すと、向こうは笑っている。多すぎる、と。
「20セント」
らしい。私は聞き直した。ルームナンバーもカードキーを渡しているので間違いがないはずである。私は不思議に思いながらも20セントを支払い。ホテルを出た。

そのまま歩いてMRTに乗り込んでも良かったのだが、せっかくだから屋台で一杯飲んで行こうと思った。
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そこの店員もインドネシア語を話したので少し話て仲良くなってから、ナシゴレンがあるか尋ねてみた。すると、奥のおばちゃんを呼んできてくれた。おばちゃんと話していると、ナシゴレンは無いが焼き飯なら作ってくれるという。私はそのおばちゃんの感じの良さに思わず注文してしまった。おばちゃんは「5分から10分待って」という。どうぞどうぞ。
出てきた焼き飯は格別に美味かった!!なんだかおばちゃんの温かさがこもっている感じがして、いい味が出ていた。私はありがたくいただき、店の去り際にキッチンまで位って、おばちゃんにお礼を告げた。おばちゃんが笑顔で送ってくれた。

店を出て、どこに行こうかと考えながらMRTの駅に到着し、考えた。
「マーライオンを見に行こう」
そう言えば、18年間の旅もマーライオンを見ていなかった。私がお腹を壊し、家族の旅の段取りを台無しにしたから、本来弟が行きたかったマーライオンを見ずにして帰国していたのだった。弟はマーライオンを見れなかったことを長らく引きずっており、高校になって自らマーライオンを見に行き、その時のリベンジを果たしていた。私はマーライオンに大してそれほどの思い入れもなかったが、時間もたっぷりあるし、とりあえず行ってみることにした。

MRTに乗り込んだとき、ジーンズのポケットに入れた紙をキャリーに入れようとしてふと気づいた。その紙はホテルの電話料金の領収書であった。よく見てみると、ルームナンバーが私の隣の部屋になっている。宿泊者の名前を見れば、フィリピン人だった。そして電話はローカルに数秒しかかけていない。どうりで20セントなわけだ。しかも彼のチェックアウト予定日は明日になっている。どうするのであろうか。もうMRTも動き出しており、引き返すことはできなかった。後々請求がくるのであろうか。もしくはそのフィリピン人が私の電話料金分を負うのであろうか。全てが謎になってしまった。

さて、私は目的の駅に着き、この暑い中をキャリー転がして歩いている。地図を片手に辿り着いた。マーライオンに。世界3大ガッカリといわれるだけあって、何の値打ちも感じない。それがまた憎めないところか。
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しかしさすがにマーライオンの周りには日本人が多い。もうすぐわんさか日本人のいる国へ帰らなければならないのに、こんな場所で日本人に会いたくない、と思い近くのお店に駆け込んだ。そこでも店員に声を掛けられたが、日本人とはわかってもらえなかった。
「何故だろう」
と、店員と話していると、近くの青年が我々に声を掛けた。
「発音だよ」
彼は韓国人で、彼も一人で旅をしていた。話を聞けば、彼はバンクーバーに半年間留学し韓国に帰る途中にシンガポールへ寄ったらしかった。その道のりはおもしろく、ソウル→マニラ→バンクーバ→マニラ→シンガポール→クアラルンプール→マニラ→ソウルという道のりらしい。彼としばらく一人旅の気楽さや楽しさを話した。海外でこういった旅人とコミュニケーションをとるのは本当におもしろい。あんな風にその場で出会った人と話していると、国籍や人種なんて本当にどうでもよいことに思える。ただ、出会って、話して、そして楽しい。それで十分なのだ。これが旅の醍醐味だと私は思う。旗について廻る様なニセモノの旅では味わえない喜びだと私は思う。

その後私は、先日タイ料理を食べにいった百貨店へ向かった。ちょっとした買い物がしたかったからである。前に来た時はあまり見れなかったのだが、 IT関連だけでなく、色んなお店が入っていることに気づいた。中でも驚いたのが”フィギュア屋さん”あった。興味本位で店を覗けば、日本のアニメキャラクターのフィギュアが所狭しと並べられていた。すると店員が声を掛けてきたので少し話してみた。
「どこから来たのですか?」
「日本からですよ」
「それは信じられない!」
「どうしてですか?」
「今まで多くの日本人のお客さんが来ましたが、英語を話す人は初めてです。」
「どんな人が来るの?」
「”スターウォーズおたく。。。” あとは何も言いません。商品を指で指してお金を払って帰るだけです。」
なるほど。日本のオタクもくるわけだった。しかし、もうちょっと英語を勉強しろよな、学生たち!情けないぞ!
店員の彼は非常に感じの良い青年で、いろいろ話してくれた。シンガポールには日本でメイド喫茶が流行っている情報は既に入っているらしく、日本のオタク情報をとても良く知っていた。エヴァンゲリオンは未だに人気があるらしく、やはり一番の人気は綾波レイだった。私は彼に「綾波と付き合っても楽しくないやろ? 絶対にアスカと付き合った方が楽しくないか?」と言い返すと、彼は手を叩いて賛同してくれた。彼も同じ意見だったらしい。店内の撮影も彼は快諾してくれた。非常に楽しい時間を過ごせた。
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一応の買い物も終わり、私は最後の時間つぶしに、先日小籠包を食べにいったレストランのある百貨店に向かった。理由なんてない。時間が有り余ったからであった。そこで私は再度グゥヴァジュースにチャレンジすることにした。そこでいつもの通り氷り抜きで注文し飲んでみた。やはり青臭い。前にグリーンアップルと間違ったと思われたグゥヴァジュースはやはりグゥヴァジュースだったのか?それよりはグゥヴァの甘さがまだ出ている気がした。釈然としない思いで百貨店を後にし、外で座っていた。

よく考えれば歩きっぱなしの数日間だったと思う。旅日記として書いていても一日のボリュームがかなり多い。それほど私は旅に出ればよく動くし、よく歩く。それは少しでもそこの文化を見たいからであって、一番私が好む場所が市場である。”食”は最もその国の文化を表すものであり、その国の環境及び生活様式が見える。私は必ず市場に足を向ける。シンガポールで行った市場は、”市場”ではなく、ただの”フリーマーケット”であった。観光客はそれで喜ぶのであろうが、私にとっては何ら魅力のない場所である。そうこう自分の旅を反芻している間に時間は19時になろうとしていた。エアは0:00発だったので、時間としてはまだまだ余裕があるのだが、もう早めにチャンギに向かう事にした。

チャンギへはMRTが直接乗り込んでいるため、アクセスが非常に便利である。シンガポールという国自体が非常に小さなためダウンタウンからチャンギまでの移動時間も短い。一度乗り換えるだけで、すぐにチャンギに到着してしまった。

カウンターでチェックインを済ませ、手早くイミグレーションを通り抜けた。この瞬間、私はシンガポールを出た事になる。18年前の忘れ物を払い戻しにきた今の私は、当時の自分より大きくなってシンガポールへ戻って来、そしてまた何かを吸収してシンガポールを去っていく。あの頃の私はどんな思いでシンガポールを後にしたのであろうか。確かその後はジャカルタに向かったハズであった。お腹の事だけを心配していたのであろうか。名残惜しかったであろうか。色んな思いが錯綜されていたとしても18年後に自分が再び訪れる事を予期する事にまでは至っていなかったハズである。

私は時を超えて、過去の自分に語りかける。
「後でちゃんと払い戻しに来たから心配するな」
当時の私はきょとんとして聞いている。それでいいのだ。今はわからなくても、18年後にわかるようになるさ。

画像1:おばちゃんのいる屋台
画像2:海水を嘔吐するマーライオン
画像3:オタクの店で撮ったフィギュア人形たち


-おしまい-
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by mau46 | 2006-09-08 14:37 | シンガポール旅日記
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