あの月に向かって打て



カテゴリ:スポーツ( 78 )


清水エスパルスVS新潟アルビレックスを観に行く(初めてのJリーグ)

用事で静岡に行った。ちょうどその日に清水エスパルス(ホームチーム)VS新潟アルビレックスのチケットが手に入ったので観に行くことにした。
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とにかく試合前から驚きだった。文章にするとダラダラしてしまいそうなので、箇条書きに今回は挑戦してみる。

・ホーム&アウェーの差を全く感じないのに驚いた
試合開始前、アップに新潟の選手がピッチへ登場したのだが、ブーイングの一つもない。清水に肩入れする気もさらさらなかったが、せめて応援だけでもしてやろうと、新潟の選手が現れた時に一緒にブーイングしてやろうと思ったのだが、それもなく驚いた。また新潟の選手紹介の時もブーイングは一切無し。アウェーの洗礼も浴びずに新潟の選手はさぞかしやりやすかったであろう。ヨーロッパ・南米では考えられない事である。余りの甘さに驚いた。

・プレーの単調さに驚いた
基本的に攻撃のパターンは中盤から縦へ山なりのボールを入れるだけ。そしてそれが通ったらシュートを打ってみるという攻撃がほとんど。もしくは横に逃げてクロスを入れるだけ。なんという退屈な展開であろうか。ワン・ツーもほとんどない、ダイレクトプレーもほとんどない、そしてサイドチェンジなどは90分間両チーム通じて2回ほどしかなかったのには驚愕だった。

・オフサイドがほとんど無いのに驚いた
私がスタジアムで見たかったのはテレビでは映らない駆け引きだった。つまりバックラインでのDFとFWとの駆け引きである。FWは0.1秒でもディフェンスの裏をかきたい。DFは0.1秒でもFWの動きを遅らせたい。これは結構スリリングな勝負なのである。しかし少しでもバックラインから飛び出そうとする、虎視眈々と狙うFWが両チームともいない。なんと90分間でオフサイドは2回だけ!しかも清水にはオフサイドが1回も無い!どれだけ緊張感の無いバックラインであろうか。ゴールを貪欲に狙う気持ちがまるで感じられなかった事に驚いた。

・ファールが少ないのに驚いた
これだけネガティブな試合をしていればファールがあるはずもなく、ゴール前でのファールは1回だけだったと思う。ゴール前でのファールが無いという事は、相手ディフェンスを崩そうとする工夫・努力が無い証拠である。これは何を意味するか。退屈な展開なのである。これにも驚いた。

・ファンの拍手が無いのにも驚いた
そんな中でもうまいプレーはある。指摘したサイドチェンジも2~3回程はあった。サイドチェンジのような効果的な攻撃には拍手を送るのが世界的な常識だが誰もしない。サイドチェンジが行われた時、我々は拍手したのだが、まわりが誰もしていないことに驚いた。

・サポーター同士の舌戦も無いのに驚いた
相手サポーターへ誰も野次を飛ばさないのにも驚いた。「ここはどこのホームだ??」と思ってしまうほど。そんな掛け合いもサッカーを盛り上げる一つの要素なのだ。98年、城に水をかけたような熱いファンはどこへいった??私はあれが悪いことだとは思わない。そうやって選手は鍛えられる。黄色い声援では選手は鍛えられない。むしろ腐る。

ざっと挙げてみたが、まだまだたくさんあった驚いた事。競らない、ポストプレーがない、ライン際のボールを必死で追わない(これは結構致命的)、そしてサポーターが高いレベルを要求しないなど詳しく書けばきりがない。Jリーグは開幕して15年以上経つと思うが、ミーハーを産出しただけなのであろうか。その日の夜のニュースでそれ以外のJリーグの試合を見てみたが、ゴールシーンはほとんどがミスからであったり混沌の中からで、ディフェンスを崩してゴールしているシーンがほとんど見られない。それは創意・工夫の無さである。ラッキーを待つだけの展開に思えた。カモネギを待つライオンが野生で生きていけないのと同じで、世界はそんなに甘くない。

悲しいのは「うまい!」と思うシーンはたまにあっても、「すごい!」と思うシーンは一度も無かったことである。何か面白いことをしようとしてるチャレンジする姿を見たかった。

例えばプロ野球(NPB)ではその場面場面で想定される最高のプレーをファンは要求する。そしてそれが満たされない場合は平気でチーム批判を行う。しかしJリーグは“結果”だけでいいみたいである。もちろんそれには歴史の違いもあるであろうが、中にはサッカーを詳しく知っている者もいるであろう。そんな者達がもっと率先していかなければ、いつまでも球蹴りゴッコのままである。本気で思った。

「こんなレベルでワールドカップに出場するべきでない」

こんなレベルで出れてしまうほどワールドカップは甘くないはずである。アジア枠をもっとシビアにしても良いと思う。アフリカ枠をアジアのかわりに増やしても良いくらいであろう。


最後に一番の驚きは・・・・
これほどレベルの低いサッカーをしているので、さぞかし下位のチーム同士の試合だろうと思ったが、結構上位同士の試合だったことに一番の驚きがあった。これより下位のチームはどんな展開なのだろう。
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by mau46 | 2007-05-14 09:46 | スポーツ

裏金なんて『やめられない、とまらない』


西武がアマチュア選手に対して“栄養費”として実質裏金をバラ撒いてたというニュースが流れた。このニュースを聞いた人は、驚いたのであろうか?いや、さほど驚かないであろう。そもそもこれが日本の文化なのであり、日本のやり方なのである。

日本には文化レベルで“談合”というシステムが根付いており、それが日本社会を支えていると言っても過言ではない。そしてその談合を駆逐する公平に近いシステムを取り入れようとした瞬間、日本人はそれを拒絶する。つまり、

「今まで問題なく済んでいたこのシステムに、なぜ新しいメス入れが必要なのか。」

という事であろう。要は島国根性の典型的なところである。日本にとって、新たな制度が入ってくる、新たな“血”が入ってくるというのは、今までその温床に浸っていた日本人にとって利権の吸えないものは受け入れられないのだ。日本から談合がなくならない体質はこれである。元々日本人に改革というのは似合わない言葉なのである。

この裏金問題や希望入団枠というのも、完全ウェーバー制を導入すれば大きく改善されるのは確実である。それを実施しない。また、選手会が提案した「不正な金銭授受が発覚すれば球団にペナルティーを」というのを球団側は拒否。プロ野球の方向を示す羅針盤はどこを示しているのかわからない。
談合の盟主である巨人は言う、

「ドラフトが高校と社会人で2回行われれば、プロ野球が2回注目される。」

この自分勝手な論理のために日本プロ野球ドラフト制度は動けない。「ウェーバーも反対。」「ドラフトも2回行いたい。」そんな自分勝手な都合で日本のプロ野球界を操作できてしまうのだ、現状は。

日本人口1億5千万には『強い巨人』が見たいのであろうか。いや、『おもしろいプロ野球』が見たいのであろう。

巨人ばかりを責めたが、諸悪の根源はプロ野球コミッショナーである。問題が発覚してもなかなかこの天上人は雲の上から下りてこない。そして存在もよくわからない。この根来泰周という男は現在“代行”といったカタチでコミッショナーに鎮座している。いわば巨人の傀儡とも言えるこのコミッショナー(代行)には権限があるが実行はしない。

裏金もドラフトも、この巨人とコミッショナーの“謎のコネクション”がなくならない限りは『やめられないとまらない』のであろう。所詮、自分のチームのことしか考えていない連中なのだから。子供には見せたくない事実である。それでいいのか、プロ野球。
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by mau46 | 2007-03-12 09:12 | スポーツ

島国根性スポーツ実況に物申す

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スキーの団体ジャンプ競技を放送していた。
日本は予想以上の大健闘で3位に入り、見事に銅メダルを獲得した。

これはあくまで結果の話。これはこれで素晴らしい。

しかしである。それは競技の途中であった。日本は伊東の大ジャンプで暫定1位の状況にあった。次は最後のジャンパー葛西のジャンプである。実況は叫ぶ。

「4位とのポイント差を考えると、110m以上飛べば3位は確実です!」

個人的には、この時点で負けている実況だと思う。なぜ3位に満足するような実況を行う??なぜ、「2位のノルウェーをとらえるには○○m以上のジャンプが必要です!」と言わない?最初からノルウェーやオーストリアには勝てないと決め付けているのか?彼らも失敗する可能性がある。もちろん、“安全”にプライオリティを高く設定している気持ちはわかる。それは非常に大切なことだ。しかし、それは選手が感じていればいいのであって、見ているものはさらに上を期待すべきだ。それをリードするべきの実況は何をしている?安全なプレーが見たいのか?違うやろ?攻めて攻めて攻めまくる試合が見たいのであろう??

アメリカでは、「銀メダルを獲得したのではない、金メダルに負けたのだ。」と言われる。日本はメダルが獲れれば万々歳のノリだ。それでは勝てない。

サッカーワールドカップでは、電通や局の意向もあってか、勝てもしない大会にバカ騒ぎしていたくせに、スキーのジャンプでは最初から負け組みの実況。それでは強くならないぜ。

控えめなのが日本の美徳ってのもわかる。しかしスポーツはもっと攻めてもいいんじゃないか?


いつまで島国やってんの??
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by mau46 | 2007-02-25 21:19 | スポーツ

負けて男の名を上げる


斉藤和己。

思い出すのは2003年。我がタイガースと戦ったホークス。
第1戦の先発は共に20勝をあげた井川と斉藤。
ゆったりしたフォームから見せる快速球が20勝投手たる威厳を知らしめていた。

私はこの投手はこの時だけの投手と思っていた。

井川はその後のシーズンも不安定さはあるものの、年間200イニング以上を投げエースとしての本業はこなしていた。一方、斉藤は翌年は10勝どまりだったが、その後安定した勝ち星をあげて着実に成長していった。いい意味で私の予想を裏切った。すごい投手になった。

そして昨日の天王山10月12日の日だった。

中4日という強行スケジュールで登板した斉藤は、日ハムの八木と共に球史に残る投手戦を繰り広げる。
互いに球のキレがいい。斉藤のフォークボールのキレは見ていて美しかった。

サヨナラ負けしたとは言え、斉藤のピッチングを責めるものは一人もいないであろう。小笠原敬遠の後のセギノールの攻略は美しささえ感じた理想的な攻めだった。インコースに意識を持たせて一旦外に逃げた後、低目から消えるフォークボール。セギノールのバットは空を切る。正直これで乗り切るのはないかと思った。次は稲葉。ここで斉藤が投げた球は151km/hの真っ直ぐ。ここでこの球を投げる斉藤に感動をおぼえた。

「この男には、どんな力が残っているんだろう・・・」

次のフォークボールが明暗を分けた。稲葉がフォークボールに合わせてピッチャー返し。斉藤は身体で止めようとするが間に合わない。「抜ける!」その時、疾風のように飛びついたセカンドがボールを掴んでいた。そのままボールはショートがカバーするセカンドへ。

「あっ!」

球がそれた!ショートが飛びついてボールを捕ったものの。審判の判定はセーフ。

「ランナーは??」

すでにセカンドランナーがホームを駆け抜けていた。サヨナラ。
今年の日ハムには神がかった勢いがある。それに抗うかのように運命を切り裂こうとした斉藤和己のピッチング。皮肉にも斉藤の怒涛のピッチングは日ハムの優勝を飾りつけるものになってしまった。

しかし、それほど斉藤の投げた球には魂がこもっていた。あの球を投げられては攻略の要素がない。

斉藤はその瞬間崩れ落ち、人目もはばからず涙を流した。どんな思いだったろうか・・・
「ここまで投げきってまだ勝てないか・・・」
「ここまで我慢したのに、どうして打たれたんだ・・・」
彼の胸中を図ることはできない。自ら立ち上がる力も投球に注ぎ込んでしまった斉藤はズレータとカブレラに肩を借りなければ、引き下がることもできない。

そこには異種独特の美学があったように思う。
『負けて男の名を上げる』
素晴らしい、斉藤。

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君のピッチングは1球1球に熱い魂がこもっていた。それが札幌から大阪までビシビシ伝わってきた。また痺れさせてくれ。ただ、日本シリーズで阪神とあたった時は、悪いが加減してくれ。


追記:日ハムの両勝利投手を忘れるわけにはいかない。彼らは昨年の新人ダルビッシュと今年の新人、八木だ。日ハムは新戦力が非常に機能している。特に二人のピッチングは素晴らしい。ダルビッシュの最後のバッターへの150km/hを超えるストレートも素晴らしい。八木の右打者への胸元をえぐるクロスファイアも素晴らしい。日ハムは素晴らしいチームだ。あと、胴上げに田中幸雄を加えていたのも私の涙を誘った。
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by mau46 | 2006-10-13 15:44 | スポーツ

ちょっと泣きそうになったぜ新庄

今日は北海道日本ハムファイターズのシーズン最終戦。
勝利すれば、日ハムが1位でシーズンを終了し、プレーオフを有利に展開できる。

その面でも重要な試合だが、われわれ阪神ファンにとっても特別な試合である。
SHINJOこと新庄剛志のレギュラーシーズン最終試合にもあたる。

もちろん新庄のキャリアのスタートは阪神タイガースから始まる。西日本短大付属高校からきた九州男児は背番号『63』を背負って、のちのち甲子園でデビューする。初打席でホームランを打ったのはいかにも新庄らしいデビューである。これも懐かしい・・・
ちょうどその年(1992年)は亀山などの若手が活躍した年で、ヤクルトと優勝を争った年である。八木の疑惑のホームランがあって、平光審判が辞職する騒ぎになった事は阪神ファンなら記憶にあることでしょう。

その新庄が現役最後のレギュラー試合に望む。彼は普段日ハムでは背番号を『1』にしている。
それが今日に限って阪神時代の『63』に戻してくれたのだ。

阪神ファンの私にとっては涙が出るほど嬉しいこと。
色んな事が思い出される。


最後のバッター(確か巨人の吉村)の打ち上げたフライをかっこよくスライディングキャッチしようとして顔面にボールを直撃させたこと。
巨人・槇原の敬遠ボールをサヨナラヒットしたこと。
その後のヒーローインタビューで「明日も勝つ!」と言った次の試合にしっかり負けたこと。
別の試合でも「明日も勝つ!」って言った次から魔の12連敗を迎えたこと。
突然、「センスがないから引退します」って引退し、すぐに撤回したこと。
ジーンズが似合わなくるから、筋トレはしないと言ったこと。
投手転向して140km/hの剛速球をオープン戦の巨人戦で投げたこと。


泣きそう・・・・

忘れられない思い出が、今日一気に蘇ってきた。
そんな阪神ファンの気持ちも思い起こさせてくれた新庄。

ありがとう。

僕ら阪神ファンは、君をSHINJOとは呼ばない。新庄と呼ぶ。

中には「今日だけのために背番号を変えるのはどうか?」って茶々を入れてくるシャレのわからんやつもおるかもしれん。
でも、日ハムをここまで客の入るチームにしたのは誰だ?パ・リーグを盛り立てたのは誰だ??

本来『63』を背負っている渡部龍一捕手も笑って譲ってくれると思う。
それがヒーローに花を持たせてあげる姿だと思う。

今日の札幌ドームは揺れてる。もちろん一位通過がかかった重要な試合ってのもわかる。
でも新庄を見に来ているファンも相当な数のはず。
NHKのカメラも揺れている。

新庄。日本シリーズでやりたいな。

名古屋なんかが優勝しても盛り上がらんやん??
もっかい甲子園でスライディングキャッチしたいやろ??
バックホームしたいやろ??

秋の甲子園は君に有利な風も吹くよ。昔甲子園でよく「しんじょ~~~~~!」って声援してたのを思い起こさせて欲しいなぁ。
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by mau46 | 2006-09-27 20:48 | スポーツ

おいたが過ぎるぜ、ベイビー

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あまり興味は無かったのだが、先日、世界ふしぎ発見を見るためにつけっ放しにしていた4チャンネル(関東ではTBSか)で『K-1』が放送されていた。

そうである。またあの『TBS』である。茶番を作らせたらトップクラスの放送局であろう。

桜庭が闘っていた。その試合での話。

TBSの意向はまるわかりである。
「フジテレビの『PRIDE』から引き抜いた桜庭というスターをなんとか次のイベントまで引っ張らなければならい。」

今回のK-1はトーナメントで、準決勝に出場すれば次回秋に興行されるイベントへ視聴者を引っ張ることができる。

TBSはなんとしてでも桜庭を今回勝たせて、秋まで引っ張るストーリーを作りたいのだ。そう。なんとしてでも・・・

私の目から見て、桜庭は明らかに衰えている。勘も鈍いし、動きも鈍重だ。桜庭は1997年UFC-Jで優勝した無名の時から知っているが、さすがにその動きを今彼に求めるのは残酷だ。

つまり桜庭は“看板”だけで闘っている。

試合は一方的に桜庭がやられていた。相手のパンチをまともにもらい、完全にグロッキーに追い詰められた。おそらく桜庭自身の意識は無かったであろう。昨今のバーリ・トゥード(なんでもアリ形式の格闘技)ではレフェリーが早めに試合を止める傾向にある。
しかし、この試合に限ってレフェリーは動かない。桜庭は朦朧とした中でも相手の足を掴んで離さず必死に食らいついていた。

この試合はどうなったか。

結局打ちつかれた相手から桜庭が奇跡の逆転勝利である。

相手にすれば、「どこまで打ち込めば試合が止まるんだ!」といったところであろう。

いつも思うのだが、こういった総合格闘技系のジャッジは非常に曖昧である。
“ここまでいけば試合を止める”といった指標が無い。
例えばボクシングだと、

○ 3回目のダウン(これはルールによるが)
○ パンチが出なくなった
○ パンチをもらってアゴが上がってしまった
○ 明らかに危険な状態である

といった、ある程度の指標がある。

しかし総合格闘技では、止めるのが異常に早いのが特徴だと考えられる。それはボクシングと違ってダウンが無いので、ダウンした選手に追い討ちをかける事が可能だからである。戦闘不能な選手に追い討ちをかけるのは非常に危険なのでレフェリーが早めに試合を止める。

私個人では、最近のレフェリーの止めるあまりの早さに不満があったのだが、こういった明確な指標が無いグレーなルールにTBS側は今回、目をつけたのであろう。

今回の場合は明らかにレフェリーは試合を敢えて止めなかった。桜庭がほぼ戦闘不可能な状況、これ以上戦闘を続けると危険であろう状態でもレフェリーは静観した。まるで相手の打ち疲れを待っているかのようだった。これは明らかにおかしい。

不正ではない。しかし、限りなく不正に近いグレーである。

この私のうがった見方も、亀田の試合を見ていたからと言う理由もあるかもしれない。
つまりTBS側が行ったここ数試合の格闘技によって、スポーツを真っ直ぐに見れなくなっている。
そんな視聴者も多いのではないか。過剰な演出がスポーツを汚している。

TBS主体の番組は亀田戦を視聴率でしか表現できない。
視聴者にそれを植えつけてどうする?
視聴者は視聴率に一喜一憂しない。
それはテレビ側の営業資料なだけである。

K-1も不正無く行われたのかもしれない。しかし視聴者の信頼を一気に失っている以上、それも素直に見れない部分もある。

民放はスポーツ放送をしない方がいいのかもしれない。
スポーツ専門チャンネルにファンが流れていく日も遠くない気がする。
いっその事、ペイパービューにすれば一番ハッキリするのではないか。




TBSよ。
ここんトコ、おいたが過ぎるぜ、ベイビー。
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by mau46 | 2006-08-07 12:51 | スポーツ

日本人のスポーツのとらえ方について

最近、やむなしにスポーツ番組を地上波で見る機会が多いのだが、非常に不快感を持っている。

何故いつも“感動”を前面に押し出そうとするのか。
そして、何故視聴者もそれにつられているのか。

私がいつも考えるのは、“感動”と言うものは与えられるものではない。見ているこちらが勝手にするものであろう。

例えば、今回の亀田の茶番。

これはテレビ局の意向もふんだんに込められた、最悪の芝居だった。
これに感動した人々のなんとチープな事か・・・

それは何故か?

我々がスポーツで感動するのは、

「スポーツがあって感動が生まれる。」

事である。

つまり“感動”というものはスポーツの副産物なのである。誰も“感動”するためにスポーツを見ない。
しかし、最近の地上波スポーツ番組は、

「感動させるプロセスとしてスポーツがある。」

という構図がある。

つまり、今回の亀田茶番では、番組終了間際に見せた“親子愛”のシーンを見せたいがためにボクシングの試合があったのである。
そしてまんまと乗せられた視聴者が多くいた。


そしてもう一つ思うことがある。
テレビのコメンテーターや、スポーツをやっていない、または知らない人がよく言うのだが、

「一生懸命な姿に感動した。」

と言うことだ。日本人は、目の前に一生懸命する人を見れば冷たい目をするくせに、テレビの演出になれば簡単に“感動”する。
しかし考えて欲しい。試合にのぞむに当たって、一生懸命闘わない選手がどこにいるのか?

一生懸命プレーするのは最低限の話であって、勝利を奪取するのは“それ以上の力”が必要なのである。
そんな基本的な事にも盲目になった人々を見ていると、日本人であることが恥ずかしくなる。
なんと価値観の低い人間の多いことか。

もう一度スポーツへの見る目を見つめ直して欲しい。


選手は視聴者に感動してもらうためにプレーしていません。
素晴らしいプレーを見てもらうためにプレーしているのです。
一生懸命な姿を見てもらいたいと思っていません。
一生懸命は当然の姿だからです。
勝つ姿を見てもらいたいのです。


日本人の見る目が腐りかけている。「なんとかせねば」という気持ちと、「もう手遅れ」という気持ちが混在している。
最近はもう諦めている。
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by mau46 | 2006-08-04 09:26 | スポーツ

造られてしまったチャンピオン

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2006年8月2日。
日本に2つの「恥」が生まれた。

一つは、“君が代斉唱”
二つは、“捏造チャンピオン”

である。

起こってはいけないことが起こってしまったのである。


彼は今日、初めてボクシングをしたのであろう。
初めて“闘った”と言えば妥当か。

正直、勝てる相手としか試合をしてこなかった亀田が、
最初に面した闘う相手。それが、フアン=ランダエタだったのであろう。

今までは何をやってもうまくいった。パンチも当たれば、パワーで押し込むこともできた。さらに打たれる事もなかった。
それは亀田が起こすアクションに対しての抗力がゼロだったからである。
かなり大げさに言えば、「無抵抗の相手をなぶり殺す」程の勝ち方であったのである。それができる程度の対戦相手だったのである。
その闘い方に相当の自信があったに違いない。

さらに自信はまだある。
亀田が一階級上から降りて来ている事である。パワーの差はこれで歴然。さらにランダエタは一階級下から上がって来ている。
都合、二階級差がある試合なのである。亀田有利は動かない。

今日も亀田は同じ戦法で闘う。全て今までうまくいってきた戦法だ。さらに身体的優位もある。
勝てないハズがない。

自信を持った1ラウンド終了間際。打ちっぱなしで防御を忘れた亀田の左頬をランダエタの右が打ち抜く。
亀田はヒョロヒョロとリングへ倒れこんだ。驚くほどの打たれ弱さだ。

おそらく亀田の自信が生んだ慢心が、パンチの打ちっぱなしを招いたのであろう。いわゆる油断である。
今までの対戦相手は亀田が押すと引き、打つと下がった。亀田は今日もそれと同じと思った。そこへ突然の右。

ダメージは明らかであった。ランダエタを押し込むことも出来ない。亀田ができたことはバッティング(頭突き)だけだった。
しかしランダエタは亀田よりも頭を低くした。これにより亀田が頭から飛び込んでもランダエタの頭が低い位置にあるため、亀田の顔面がランダエタの頭に当たる。
ランダエタはボクシングを知っていた。

今までの亀田のボクシングは完全に否定された。パンチも効かない、押し込めない。それで勝ってきたので、他の闘い方を知らない亀田は工夫を凝らすことができない。
同じアクションを繰り返すだけの壊れたオモチャのようになってしまった。
パワーでも負けている。二階級下の選手にだ。
これが11戦というキャリアの浅さが露呈したところだ。知恵が無い。セコンドにも知恵が無い。

そして予想外だったのが、亀田の打たれ弱さだ。ランダエタのパンチをもらう度にアゴを後ろにもっていかれ、身体は横に飛ばされた。

しかも試合終了間際にはダウン寸前まで追い詰められた。危なくなる度にランダエタにしがみつき、ダウンを逃れる。
個人的には、レフェリーがホールディング(抱え込み)の反則をとって減点してもよかったと思う。
あれはダウン相当のダメージだ。

今日、私が得た材料での亀田興毅は、

「強くない。うまくない。パワーもない。」

その亀田が勝った。この試合内容で勝った。


20年以上ボクシングを見てきて、初めてボクシングを恥ずかしく思った。
せっかくボクシングに興味を持ってくれた方もたくさん出てきてくれたのに、とんでもない恥ずかしいものを見せてしまった。
ボクシングはこんな恥ずかしい競技ではありません。
男と男が闘う純潔な競技です。プロレスではありません。

今日の茶番を見て、これがボクシングだとは思わないで下さい。

どうかお願いします・・・
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by mau46 | 2006-08-02 23:49 | スポーツ

造られたチャンピオン

もちろん亀田興毅である。

彼は明日のタイトルマッチに臨んで記者会見をした。
テレビ局側の意向であろうが、ハンバーガーを食べながらの登場。

これはカッコ悪い。

ボクシングをあまり見ない方にはセンセーショナルなシーンであろうが、
世界的には既に数年前に行われた古いデモンストレーションである。
ニカラグアのリカルド=マヨルガが計量の体重計の上でチキンを食べるという事をしているのだ。

テレビ局、とりわけTBSが必死に亀田像を造り上げようとしている。

確かに戦績は素晴らしい。しかし私は疑問に思う。
マスコミ的にはタブーなのかもしれないが、私は敢えて言う。

「何故逃げたか、亀田興毅」

彼は今まで、無敗で突き進んでいる。しかし強敵と戦っていない。
テレビ局としては、亀田興毅をスーパースターに造り上げたいがために、
強敵と戦わせるリスクを排除してきたのだ。
ダイアモンドを傷つけないために・・・

そして今回、亀田興毅はライトフライ級の階級で戦う。
実はこの階級は普段の亀田興毅の階級(フライ級)より一階級軽い。

階級が軽くなれば減量のリスクはあるが、対戦相手のパンチは軽くなり有利となる。
しかも、本来のフライ級にはキラ星の如く強いチャンピオンがいる。
亀田興毅は以前からそのチャンピオンに対し挑発的な態度をとって来た。
私は当然の如く、その強いチャンピオンに挑戦するものと思い批判をしてこなかった。

しかし、今回は階級を下げた挙句、チャンピオンに挑戦するわけではない。
チャンピオンのいない階級に下げて、他のランキング選手と空位のチャンピオンの座を争うのである。

つまり、チャンピオンと戦わずにチャンピオンになれる選択肢を選んだのである。
これには肩透かしを喰らった。
ビッグマウスを叩くのであれば、タイトルマッチは強い選手と戦ってくれると思っていた。
しかし蓋を開ければ、世界ランカーといは言え、実力は不透明な選手。

あれほどの啖呵を切ったわりには小粒な選手と戦うのである。

わかるのだ。TBSとすれば亀田を何としてでもチャンピオンにしたい。
できれば無敗でチャンピオンにして、視聴率の取れるコンテンツにしたいのはわかる。
それにうってつけだった、一階級下の空位の王座。
偶然が重なり、亀田はタイトルのキップを掴んだ。

これはワールドカップ前のマスコミと全く同じだ。
本来の、等身大の亀田を伝えていない。
また、大政翼賛会化しているのではないか。

まったく成長の無いマスコミ。
日本人がボクシングを知らない事につけこんだ、中途半端なパフォーマンス。
舐めている。

おそらく亀田はチャンピオンになるであろう。

しかし、このままでいいのか?
強い相手と戦わずに、日本の中でしか評価されない世界チャンピオンでいいのか?

テレビ放送が全て正しい訳ではない事を、視聴者はワールドカップで学んだハズ。
少なくともこのコラムを読まれた方は、冷静な目で亀田興毅を見て欲しい。

そして、ホンモノの強敵と戦う時、仮に負けたとしても評価してあげて欲しい。



ホンモノの強敵とは、

フライ級チャンピオンの、メキシコのホルヘ=アルセと、タイのポンサクレック=ウォンジョンカムである。


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画像上:オリジナルのマヨルガ 画像下:パクった亀田君
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by mau46 | 2006-08-01 10:42 | スポーツ

ベルカンプに花束を

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ついにスパイクを置く時が来た。
現在、私の最も尊敬する現役サッカー選手が身を引く時が来たのだ。

彼の為に私はアーセナルのファンになり、彼を観にロンドンまで足を運んだ。
全ては彼のためである。

彼は常に“美”を意識した。

それは決してスタンドプレーではなく、自分への確固たる美意識に忠実だったためである。その一つひとつのプレーが観衆を惹き付け、ロンドンを熱狂の渦に巻き込んでいった。

ここまで書けば彼は順風満帆な成功者と捉えられがちだが、実は違う。

私が彼を実際に見たのは、現在のアーセナルに所属する前のイタリア、セリエAのインテルに入団した時だった。

彼は母国オランダのアヤックスから鳴り物入りでインテルに入団した。ヨンクという選手と一緒に入団した。私はもちろん彼の存在を意識していたし、彼の活躍を決め付けていた。

当時から私の家ではWOWOWが観れたので、ベルカンプを観ることが出来たのだが、期待は見事に裏切られた。彼はイタリアで全く機能せず失意のままロンドンへ渡ることとなる。ここで彼は大きな挫折を味わっていた。

クライフは言う。
「才能ある若手にこそ挫折を経験させなければならない。挫折はその選手を成長させる最大の良薬だからである。」

彼はその後ロンドンで爆発することになる。

彼の特徴は、“時間と空間を止める事ができる能力”である。
ボールは生きている。その慣性を彼は止めることができるのだ。どんな凶暴な弾道を描いたボールでも、彼の前ではおとなしい猫になってしまい、彼の足元に収まっている。もしくは彼の意のままにコントロールされている。
その姿に観客は呼吸を忘れる。時には対戦相手も見とれていたのではないか。

その才能を惜しみなく発揮し、飛べない白鳥はその美しい姿を我々の脳裏に強烈に焼き付けたまま去っていく。

デニス=ベルカンプ、いつかどこかの街で出会ったら一緒に蹴ってみたいものだ。
そして私は言うのだ。

「あんたを観るために、わざわざ遠い日本から行ったんだぜ、デニス」


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by mau46 | 2006-07-24 23:12 | スポーツ


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